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1996年1月1日
Inter Communication,Japan
No.20 Spring 1997
Interview with Gottfried Helnwein
by Toshiharu Ito
TOKYO Interview with Gottfried Helnwein Interviewer: ITO Toshiharu Translation: ENDO Tohru ゴットフリート・ヘルンヴァイン インタビュー インタヴュアー: 伊藤俊治 遠藤徹 訳
ゴットフリート・ヘルンヴァイン インタビュー
インタヴュアー: 伊藤俊治
遠藤徹 訳
エゴン・シーレやオスカー・ココシュカらの性と暴力のウィーン表現主義の系譜をひき、ハウスナーやフックスらウィーン幻想派以後に現れた最もスキャンダラスなオーストリアの画家と言われるゴットフリート・ヘルンヴァイン。そのヘルンヴァインに20世紀末における新しいメディア状況との対応や新作の方向性などを中心に聞きながら、アートの未来像を探ってゆく。(伊藤)
■ 主題の変化/意図の不変
ITO:
伊藤 (以下、I)— 1987年の《黒い鏡》シリーズ以来、ヘルンヴァインさんの作品やアクションは、日本にはあまり伝えられて来ていません。ここ10年くらいの活動では、何を意図し何を切り拓こうとしたのか、また何に関心を持っていたのかといったようなことを中心に、まずお話ししてもらえますか?
Helnwein:
ヘルンヴァイン (以下、H)— 私の活動には、いつも新たな発展があり、つねに変化が起こっています。私は、さまざまなメディアに関心があるのです。絵画の、コンピュータの可能性とは何なのかと問いかけ、それらを重層的に組み合わせるのです。また、私は同時にいくつかの作品を作ります。つねに入れ替わること、変化することを好んでいるからです。
 ここ10年では、主題の変化はありました。これは大きな変化だと思います。主題が変化すると、人々には極端な変更や変化があったように見えるでしょうから。しかし私は、いつも同じ意図を持っていると言わざるを得ません。この同じ意図を追求するために、いつも異なったメディアを用いていたわけです。それはつねに表面下に潜む何かへと至るため、それ自体何であるかが分かっていない何かを求めて、より深く入り込むことなのです。そして私の作品において重要なことは、少なくともしばし人々を困惑させ、不確かにさせること。人々が確かだと思っていることを打ち壊すことなのです。
 最近の作品のひとつに、《ファイア》という暗い絵画シリーズがあります。それはあたかもひとつのインスタレーションのように60枚の絵画が続くものですが、その画面はとても暗いために、何が描いてあるのかほとんど見ることができません。たくさんのライトを当てて時間をかけて見たなら、何らかの画像を見ることができるかもしれません。でも、実際には何も見えないと思います。つまり、私は不可視なものへと向かう一連の作品を描いたわけです。このシリーズで描かれているのは、マルコムXからマルセル・デュシャンまで全て反逆的な人物たちです。ジム・モリソンやシド・ヴィシャスもいます。これらはみな神話的な英雄たちで、その人だと認知されることでより偉大さを増すことになります。でも、この会場に入って来ても何も見えません。ここにあるものはただの絵画作品、観念的な、コンセプチュアルな、ミニマルな作品としか見えません。でも、見始めるとまったく違ったものが見えてきます。見方を変えると何かイメージが浮かび上がってくる、何かが見え始めるのです。私は、ときには人々に極端にアクチュアルなものを見せたいと思っているのです。作品のいくつかは、アクチュアルであり過ぎるほどかも知れません。人は、それがそんなにアクチャリティを帯びたものだとは思いたくないでしょう。だから、次の作品に目を移しますが、その画面は暗いだけです。何も見えません。再び見方を完全に変えなくてはなりません。私は、人々が習慣的にものを見ているその見方を攻撃したいのです。
I:
ヘルンヴァインさんはちょうど10年ほど前にドイツに移られて、その後、ベルリンの壁が崩壊し、ロシアや東欧の問題、あるいは民族の問題といった、さまざまなヨーロッパの問題が出てきたわけですが、そういった状況が何らかのかたちでこれらの作品の変化として現れていると考えることができるのですか?
Helnwein:
私に一番大きな影響を与えているのは、私が生まれる以前に起こったナチス時代のことです。戦後まもなくウィーンに生まれた私は、破壊された家屋を見て、とても深い失望と悲しみを感じました。誰かが歌ったり、笑ったりしているのを、子供時代に私は見かけたことがありません。誰もが完全に希望を失い、内向していたのです。私は、それがなぜなのかを知りたいと思いましたが、誰も教えてはくれませんでした。後に新聞や本を読んで、ナチスが600万のユダヤ人を殺したことやそのほかのことを知るに至り、それ以来、この特殊な出来事を研究してきました。ホロコーストは私にとって他人事、歴史と切り離しうるものではないのです。これは2000年の間、キリスト教徒たちが行ってきた迫害と似ているのではないでしょうか? 魔女の炎刑や十字軍といった、教皇の奴隷とならない全ての人間の殺戮という奇妙なキリスト教的思考法と。西洋キリスト教芸術は美しいものですが、それらの作品が表現していた哲学は、殲滅、殺戮、拷問などとつながっていたのです。それが頂点に達したのがナチスで、彼らは教皇や司祭が準備したものを活用しただけなのです。ナチスは、それを完成させたのです。もし、その思想が実現に至っていたら、オルダス・ハクスリーやジョージ・オーウェルのディストピアも幼稚園のようなものだったでしょう。この世は、究極的な幻想的ホラーに転じていたということです。ドイツやオーストリアといった国々が、私にとってどんなに居心地の悪い国であるかは表現のしようがないほどです。私は、仏教寺院に座っているときのほうがずっと故郷にいる心地がするのです。ドイツにいるより、全てが懐かしいのです。だからこそ、ナチスが私の中心的な主題であり、いつもこの主題を扱うのです。この主題には全てが含まれています。悲劇と、人類のドラマの全てがです。
I:
《ナイト》シリーズなどを見ると、何かトーンというか質感というか、メディアに対する特別なものを感じます。ヘルンヴァインさんは70年代から写真というメディアと非常に親密な関係を持って制作してきましたが、今では写真自体もデジタルのメディアになって、ひとつの瀬戸際に立たされています。そのようなメディアの問題といったものが、作品のなかに濃厚に現れているのではないでしょうか? モノクロームの作品が多いということも、その現れのように思われるのですが・・・・・。
Helnwein:
なぜかはわからないのですが、私には基本的に二つの色があるのだと気づきました。それは青と赤です。ほかの色はないのです。私が最初に描いた絵も、青と赤の鉛筆画でした。黄色はほどんどありません。意図を明確にし、対話をより緊密なものとするためには色を減らすことが必要なのです。なぜなら、今日の生活は、数百年も前の時代のものとは大きく異なっているからです。現代の人々は日々色の洪水にさらされており、あらゆるものが眩い光を放っています。これだけの色彩と張り合える画家はいません。何かを付け加えるか、別の言語を見出さねばならないのです。色を減らすことによって、より強烈なものが作れるのです。だから、このようなモノクローム、白黒や赤だけといったスタイルが、より人々の関心を惹き、人々に届くと思ったのです。
I:
たとえば、ゲルハルト・リヒターやアンゼルム・キーファーが写真を使って作品を作るとか、そういうスタイルとはまったく違ったかたちで、ヘルンヴァインさんは写真の特別な使い方をしてきたと思います。写真をそのまま作品で出すときもあり、写真を元にして絵画を作るときもあり、また新しい作品でも古い写真を使ったりしています。ご自身の作品のなかでは、写真性というものはどのような意味合いを持ち、それは絵画と比べてどんな違いがあるのでしょうか?
Helnwein:
とても面白い質問です。なぜならこれは、私の展覧会の会場に入ってきた人々が感じる奇妙な感覚と通じているからです。すばらしい写真と思ったものが絵画だったり、いい絵だと思ったものが写真だったりするのです。それは、私の意図でもあります。というのも、技法のことにあまりにも関心が集中しすぎているからで、私は技法をめぐる議論を不確かなものにすることを目指しています。それがどうやって作られたかなど、知る必要はないからです。たとえばある作品は、写真に描き加えて、それをコンピュータに取り込み修正してインクジェット・プリンターでプリントし、その上にさらに描き込んでといったように、非常に重層的なのです。これはほんの一例ですが、こうした処理を施したうえで、最終的には、昔の巨匠のテクニックで絵を描くわけです。見る人はこのようなプロセスを知るべくもありません。しかも、そうしたプロセスを探り出そうという試みが、展覧会場を歩くにつれて、いっそう不確かになるよう意図しているのです。自発性を獲得したり、新しい認識を得たりするためには不確かさが、何らかの感情的経験が必要だからです。
 写真は、絵画の2000年の歴史を終わらせてしまいました。写真が存在する以前のように、画家としての仕事を続けることはできません。画家の役割がまったく新しく定義され直されなくてははならないのです。そして、20世紀の終わりのこの時期に、私たちはさらに新しいコンピュータの登場を見ました。デジタル時代の到来で、再び大きな変化が起こることでしょう。それは興味を掻き立てるものではありますが、まだ始まったばかりなので、はっきりしたことは分かりません。ただ、アーティストの役割が徹底的に変わることは確かです。20世紀のアートを見ても、何と多くの変化があったことでしょう。とても激しい変化でした。20世紀末の私たちは、こうしたことの全てを知っており、見なかったふりをすることはできません。私たちは、多くを知りすぎているとも言えます。であるがゆえに、私たちの取り組みはナイーヴなものにならざるをえません。なぜなら、ある程度のナイーヴさがあって初めて何かを産み出すことができるからです。最初、人は基本的には粘土やほかのもの、たとえば岩などを使いました。今、私たちは異なった素材を持っているわけですが、それでも事情は変わりません。創造するという行為はいつでも同じなのです。おそらく、あらゆる偉大な芸術は実際、直感によって産み出されているのだと思います。そして創造の瞬間には、あらゆるデータのことが忘れ去られており、知的な部分は使われていないのです。
I:
以前、フランシス・ベーコンが、写真というものは一種の暴力の印だ、映像そのものが一種の暴力の印だというようなことを言ったことがあるのですが、20世紀のアートを見ていると、みなある意味で写真性というか、写真が暴力や死のシンボルのようになって、さまざまなアートのなかに染み込んでいっているような気がします。ヘルンヴァインさんの作品には、写真性、写真の暴力性が最も明瞭に現れているように思えるのですが、ご自身ではどうでしょうか?
Helnwein:
ゴヤの絵を見ると、写真が大きく状況を変えたことが分かります。人々は、過去に起こった恐ろしい事態を忘れがちです。事件が終わるや否や、それを忘れてしまうような機構が備わっているのです。人間が持っている最大の才能が、おそらくこの忘れる能力なのだと思います。なぜなら、覚えていたのでは生きていけないからです。だからこそゴヤはこう考えたわけです。自分は拷問や狂気の全てを絵に描かねばならない、と。それは大変な仕事だったと思いますが、彼は起ったことを忘れることができないようにする必要があると考えたわけです。《ゲルニカ》を描いたときのピカソもそうでした。このゲルニカという小さな町のことは、この絵がなければ誰も知ろうとはしなかったことでしょう。そして、すでに忘れてしまっていたでしょう。誰がそんな小さな町での出来事を記憶のとどめておくでしょうか? しかし、この絵は世界中の人々がこの町を忘れることができないようにしたのです。これからも未来永劫、この苦しみとこの事件とは忘れられることはないでしょう。現代の問題点は、多くの写真家たちが同じことをしているということです。それを行っているのは、もはやアーティストではないわけです。カメラを手に、彼らは苦しみや死に、より近づいているからです。しかし、興味深くも危険なことは、私たちが毎日テレビや写真で死につつある苦しむ人々を見ているということ、何千もの同様の事件を目撃するということです。その結果、その効果が薄れつつあるのです。人々はこんなことにまで慣れてしまうのです。でも、これが深刻な問題だとは、誰も指摘しないのです。だから、これはアーティストの義務なのであり、それは私にとって興味のあるテーマなのです。
 以前、私は、写真に比べてさほど恐ろしくもない私の絵画作品が、写真以上に人々を困惑させるという事態を体験しました。ドイツでいくつかのポスターを作ったのですが、私はポルノグラフィだとか、宗教だとかのからみで法廷に呼び出されることになったのです。そのポスターは、宗教的犠牲を揶揄したものでした。でも、イメージそのものは危険でもなんでもない単純なものです。私が探求しようとしているのは、無害で単純でありながら大きな問題を指弾できるような作品なのです。ときには、とてもばかばかしいことになります。なぜなら、私の作ったイメージを見る限りでは何ということもないのに、それが明らかに何かを刺激し、その刺激の度が過ぎてしまうことになるからです。当たり前の本や雑誌にあるこうしたイメージのなかに、人々はぎょっとするようなものを見出すのです。元の写真のなかには、苦しむ子供の姿が見えます。しかし、それは写真家には何の問題も引き起こさないのです。それに反して、私が実際にはビーダーマイヤー風 [★1] のものに過ぎない、まったく無害な絵を描いても、人々を激怒させることができるのです。だから、それは絵の量や質の問題ではないのだと思います。
■ 視覚的な無意識
I:
最近、ヘルンヴァインさんは、さまざまなポートレイトのシリーズを集中的に制作していますが、そのことは今、大きな意味を持っているのでしょうか? それはあるいは、アンディ・ウォーホルが20世紀末のポートレイトのひとつの体系を作ってきた流れと何かの関係というか、 ウォーホル亡きあとのそれを引き継ぐような意味合いを持っているのでしょうか?
Helnwein:
実際のところ、どうなのか分かりません。そうなのかもしれません。でも、私は自分のポートレイト作品のアプローチの仕方は違ったものだと思っています。たしかに、私は彼の作品が好きですし、大きな意味があると思っています。でも私は、彼が時代の表層的な側面を祝福しようとし、実際にそうしていたと感じるのです。私のやろうとしていることは、たとえば、《フェイシズ》シリーズというものがあります。これは35ミリ・カメラで撮ったものですが、とても精度を高くしたので細部まで見ることができます。誰も、これが小さなカメラによる作品だとは信じないでしょう。これらの写真を撮るとき、被写体となる人たちに私は何も説明しませんし、何も求めず、何も準備しません。だから、対象となった人の側にも私の側にも不確かな部分がたくさんあるのです。
 ウィリアム・バロウズを撮ったとき、私は彼のスタジオに2日間いました。私は口をきかず、彼も口をききませんでした。彼は何も話さないということを始めたわけで、これはすばらしいことでした。人を困惑させるからです。お互いにただ座り、鏡のように向かい合ってバロウズを見る機会を経てから、私は写真を撮り始めました。後で写真を見たとき、目では捉えられないものを写真で捉えることができたということに私は気づき、これこそ写真の魔術だと感じました。チャールズ・ブコウスキーの顔写真を見ると、彼の作品のことが分かるのです。彼の作品の伝記的要素に、顔写真は大いに関係があるのです。
 80年代の始めにバロウズの顔写真を見たときから、私は顔写真を撮ることを始めました。《フェイシズ》シリーズで被写体となっているような人たちに私は関心を抱いてはいましたが、彼らを撮った写真には満足していなかったのです。写真家のなかにはすばらしい写真を撮り、すばらしい光の当て方をし、芸術的な作品に仕上げている人もいましたが、被写体となっている人物が見えてくるということがなかったのです。たとえば、ロバート・メープルソープはすばらしい写真を撮りましたが、静物を撮ってもノーマン・メイラーを撮っているのと同じように見えました。彼のコンセプトはそれでいいのですが、私はまったく違ったものに関心を抱いていたわけです。それが、私が小さなカメラを使った理由なのです。ライティングにも凝らず、フラッシュを焚くだけにしたのもそのためであり、とても素朴なものを求めていたのです。また、感情的な側面も求めていました。
 このシリーズのなかには、マイケル・ジャクソンの顔もありますが、それは彼がどんな風に組み立てられているかが分かるように撮ってあるのです。まるで美しいフランケンシュタインのようなものです。これを明らかにした写真は、ほかにありません。私はこの人物に強い関心を抱いており、実際に彼と仕事をすることを計画しています。それがうまく行くかどうかは分かりません。とても厄介だからです。しかし、彼は本当に興味深い人物です。なぜなら、彼はその人自身が完全にデジタルな最初のアーティストだからです。彼は完全にヴァーチュアルな存在であり、彼自身そのことをよく知っています。人が彼について持っているイメージ、見るイメージは全て彼によってコントロールされたものです。彼に雇われた人物以外、彼の写真を撮ることはできません。写真家は何千枚もの写真を撮った後、それを全てマイケルに渡さねばなりません。自分で現像することはできないのです。無数のイメージのなかから彼は写真を選び出し、そのイメージに手を加えるのです。だから、彼にまつわる全てのイメージや噂は、全て彼が産み出したものなのです。これは、とてもよくできたシステムです。この写真は、例外なのです。彼は私のことを写真家ではなく美術家だと考えたため、この作品には注意を払わなかったのです。
 こうした誰もが知っているイメージを素材にして戯れることが私は好きで、そこに大きな意味があるとも思うのです。ウォーホルの作品も全てそういうところから出てきたものなのです。スターを撮ろうと、誰を撮ろうと、ウォーホルのメッセージはいつも同じでした。彼が撮った事件も、誰もが知っている事件でありながら、それとは違った対極的なものだったのです。
I:
ヴァルター・ベンヤミンが、30年代に「視覚的な無意識(オプティカル・アンコンシャスネス)」という言葉を使ったことがありますが、この一連のポートレイトやそういったものを強く醸しだしていて、それを拡大しているように僕には思えます。ポートレイトだけではなく、最近のヘルンヴァインさんの作品そのものが意識的な世界から無意識の世界へ入っていっているように思えるのですが・・・・・。
Helnwein:
まったくその通りです。私は自分自身の作品を充分な距離を取って見ることができないので、どの程度無意識の世界に入っているのかは分かりませんが、それは確かだと思います。実際、私の作品は全て私自身の内部への探究でもあり、それは暗闇を手探りして何かを見つけようとするようなものなのです。そこから、さらに深みへ至ろうと努力するわけです。それゆえに私は多くの試みを行ない、多くのスタイルやメディアを試しているわけです。私は失敗を恐れず、間違った方向へ進むことも恐れません。そうなったら、引き返せばいいだけだからです。私はただ目に見えないもの、無意識のもの、未知のものを探りたいだけなのです。ときには、それが見えます。写真がその良い例です。 同じような写真機、同じようなフィルム、同じような照明、同じような対象、しかし、5人の写真家が同じ対象を撮ると、5通りのまったく違った写真ができます。写真家が心に抱く問題意識こそ重要なのであって、どんなカメラを使っているか、何を撮っているかが問題ではないのです。だから、メープルソープが撮る人物は、彼自身の投影なのです。カメラをメープルソープに渡し、それから私に渡して、それぞれがあなたを写真に撮ったとすると、二人の写真はまったく違ったものになるでしょう。
 無意識は写真を撮られる主体の側にも、全てを見る第三者の側にも出ると思います。それが、このカメラという機械が何らかの理由で目に見えるようにしてくれる何ものかなのだと思います。それはほとんど形而上的なプロセスなのですが、たとえば私はもっとも面白い被写体である子供を撮ってみました。私は良いカメラも持っておらず、上手な写真も撮っていません。しかし面白いことは、私が撮った写真をあなたが見るとき、あなたは当のモデルだった少女とはまったく違ったものを見ているということです。彼女はごく普通の子供でしたが、私がこういった写真のかたちで見せると、人々は感動して「おお神よ!」と口にしたり、これが4歳の子供だとは信じられないなどと言うのです。この子供は数千年という歳月を生きて来て、全てのことを体験してきたように感じられるのです。私はカメラという器具を使えば、それが何であれ、そのものの核心に迫ることができ、この機械なしでは見えないものを見えるようにできると信じています。私は、真の対象を目に見えるようにしたわけです。この写真を見て、これがただの子供だという人は誰もいないのですから。




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